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【下関吉母寒干組合】 組合長 河内宏文さん
下関市吉母地区では50年以上前から寒干大根が作られています。真冬の寒風が吹く天気の良い日には地区内のあちこちで白い大根がずらりと並んで干されている風景が風物詩となっています。
もとは家庭用でしたが、40年ほど前から共同出荷されるようになりました。3代に渡って寒干大根を作っているという河内さんは「昔はよく行商の人が買いに来よったよ。」と教えてくれました。今は大阪、神戸、博多などへ出荷されていて、料亭などからの需要は高いのですが、年々作る人が減ってきて生産量も減っています。自宅そばの倉庫の軒先に干された大根を見ながら河内さんは「本当に手間がかかるけぇね。」と言いました。
寒干大根作りは大根を育てるところから始まります。材料となる大根は私たちが普段食べているものとは違う「白太郎(はくたろう)」という品種です。漬物などの加工専用の品種で長さが40cm以上になり、柔らかく、干すと甘みが凝縮されます。
河内さんは目の前に広がる田んぼを眺めながら「大根はね、休耕田に植えるんよ。昔は8月から9月の初めに植えよったけど、今は暑すぎるけぇだんだん遅くなってきて今回のは10月の頭に植えたけぇちょっと短いんよね。本当は45cm以上あったほうがええんやけどね。業者も長いのを欲しがるんよ。」と言いました。干されているたくさんの大根は十分長く見えますが、きっと以前はもっと長さがあったのでしょう。
大根は一本丸ごと干すわけではありません。10cmくらい葉っぱの部分をつけたまま皮をむいてから、一本を4つから6つに縦に切り分けて、面取りをするように形を整えます。そして2本ずつ、葉っぱの部分で結んで竹竿に引っ掛けて干すのです。一列にたくさんの大根が干された竹竿が何段にもなっている様子は目を奪われます。
「大根を切るのは牛刀を使うんやけど、切り分けた後、形を整えるのには刃を加工したピーラーを使うんよね。」と言って河内さんが道具を見せてくれました。本体が木でできていて先端に金具の刃がついているタイプのピーラーで、刃の部分が丸く曲げられています。「これが使いやすくて自分で刃を曲げるんやけど、もうこのタイプのが売ってなくて、まとめ買いしとるんですよ。」と言いながら、河内さんは作業場の奥から木でできた台など、他の道具も出して見せてくれました。
「この台の上で干した大根を揉むんです。」大根を揉む?と驚いてしまいました。
吉母の寒干大根は長さが35cmから45cmくらいの細長い丸い棒のような形をしています。その形に仕上げるために干した大根を一本一本手作業で揉んで加工するのです。
河内さんが言っていた通り、吉母の寒干大根作りは本当に手間がかかっています。まず大根を生産するところから始まって、収穫してから一本を4つから6つに縦に切り分けて形を整えた後、気温が6℃から10℃くらいの雨が降ってない日に大根を干します。曇りで風がある日がいいそうです。気温が低すぎて凍ったり、雨に濡れると変色やカビでダメになってしまうので、天気の様子を見ながら何本もの竿に干してある大根を出し入れします。そして色と乾燥具合を見ながら10日から2週間かけて干し終えると、大根は細く固くなっているので、一度さっと水に浸けて少し柔らかくしてから揉む作業をします。木の台と右手に持った木の板で挟んで大根を押さえながら揉み、丸く伸ばすように形を整えていきます。この揉む作業をすることで大根の太さを均一に揃え、長さを出すことができるのです。揉んだ大根は長さを切り揃えて、もう一度乾燥させてから10本1束にまとめられ、出荷されます。大根を収穫してからの工程だけでも一連の作業で1ヶ月ほどはかかるそうです。
なぜこんなに手間のかかる寒干大根を作るのかとたずねると、河内さんの答えは簡単でした。「美味しくなるんよ。いっぺん食べてみてん。ただ旨味が凝縮されたってだけじゃのうて別もの。あの揉む時の板があるやろう。何回も揉んどったら糖分がでてベタつくくらいなんよ。料亭とかで使われるそうやけど、欲しいっていう業者さんは多いけぇやっぱ美味しいんと思うよ。」
出荷される寒干大根はほとんど地元では出回りませんが、ごく一部、秋根にあるJA山口県下関統括本部の敷地内にある「やさい大好き直売所」に出ることがあります。
はりはり漬けもいいですし、煮物にしてもとても美味しいそうなのでもし見つけたら購入したいですね。河内さんのお宅では海苔巻きにはかんぴょうの代わりに寒干大根を煮たものを使うそうです。生産者ならではの贅沢な使い方ですね。
「需要はあるけど人手がないんよ。」と言っていた河内さんの言葉が心に残りました。吉母の寒干大根が干されている風景がこれからも冬の風物詩として続く未来であって欲しいと思います。