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【山口県漁業協同組合 蓋井島支店 漁師】 中村求さん、中村静江さん、中村幸一さん
吉見漁港から定期船「蓋井丸」に乗って約40分、響灘に浮かぶ蓋井島があります。島には約30世帯、80人ほどが住んでいます。島の周りは、回遊魚の好漁場が広がっており、大型定置網漁が行われています。また、沿岸にはアワビ、サザエ、ウニなどが豊富で、海士漁も盛んです。
定期船を降りると、目の前には、山の斜面に家々が立ち並ぶ様子が見えます。港から歩いて2分くらいの広場には、山口県漁協蓋井島支店と島で唯一の商店が入る蓋井島漁村センターがあります。広場から山側へ伸びる小道から、ひょいと顔を出したのは、島の漁師・中村求(もとむ)さん。挨拶も手短に「こっちの道から行ったら面白いけぇ、おいで。」と案内してくれました。その小道を進んでいくと「ほら、ようけ猫がおるやろ。」と言われて足元を見ると、茶色い猫がゴロンと横たわっています。ちょっと先にも、そのまた先にも猫がいっぱいです。「この島、猫がいっぱいおるんよ。」と嬉しそうに教えてくれました。
猫たちとお別れして、小道を2~3分歩くと中村さんのお宅に到着しました。お宅の軒下では、妻の静江さんと息子の幸一さんが、黙々とウニを割って身を取り出す作業をされていました。足元の網の中には、黒色の長いトゲのあるウニがたくさん入っています。中村さんは、重そうな網の中から1つ取り出して手のひらに乗せると「これがウニ。見たことある?」と見せてくれました。
島では、アカウニ・ムラサキウニ・バフンウニの3種類のウニが獲れます。また、島ではアカウニのことを「赤ガゼ」、ムラサキウニのことを「黒ガゼ」と呼んでいます。「赤ガゼ」は高級品として取り扱われていて、島では定期的にウニの赤ちゃんを放流したり、漁期を定めて獲りすぎを防いだり、数を増やす取組を行っています。一方、「黒ガゼ」は数が増え過ぎて、海藻を食い荒らしているので、駆除の目的で1年中獲ることができるそうです。島では、中村さんのように船で出て、海中深くに潜ってウニを獲る漁以外にも、大潮の干潮時に浜から海に入って獲る漁も行われています。
中村家は代々漁師の家系で、中村さんは漁師歴50年以上。18歳で一本釣り漁を始め、沖合に船を出して高級魚を狙って漁をしたり、船の上から箱眼鏡などで海中をのぞきながら、フックのついた長い棒でサザエなどをひっかけて獲る磯見漁をしてきました。40代になった頃からは、海士漁をしています。海士漁は、朝9時から海に出て、船の上で休憩をとりながら15時ごろに帰るといった1日の流れになります。
「自分が若いころは15mくらい潜りよったけど、今は4〜5mくらいかな。息子は15mくらい潜りよるけどね。」とのこと。「バフンウニを獲るときに、海の底で石をひっくり返したら、チヌがウニを食べにくるんよ。あいつらほんとよう見とるけぇね。すぐ集まってくるけぇ、足ヒレで追い払うんよ。」と中村さん。「チヌはウニみたいな美味しいもの食べるんですね!」と言うと「そうそう、いい海藻があるところは、ウニも身がしっかり入ってて美味しいし、そんなウニを食べるチヌも美味しくなるんよ。やけぇ蓋井島はウニも魚も美味しいんよ。」と笑顔で教えてくれました。
「こんなトゲトゲの外見からは、板の上に綺麗に並んだオレンジ色のウニとは結びつかないですね。」と言うと、妻の静江さんが「ウニごしらえするまでが大変なんよ。」と作業を見せてくれました。
まず、割ったウニからオレンジ色の身の部分を耳かきのような道具で掻き出して、殺菌した塩水を張った容器に入れます。容器がいっぱいになってきたら、ウニの殻の破片等をピンセットで取り除きます。容器を振って、音を聞いたり、注意深く見たりして異物がないか確認します。
それからひとつひとつ身の大きさや色を見ながら、木の板の上に身を丁寧に並べていきます。ウニの殻割りから板に並べるまでの作業は「ウニごしらえ」といって、静江さんが手作業で行います。技術と集中力が必要で、根気がいる作業ですが、静江さんは慣れた手つきで1枚10分程度で綺麗に仕上げていました。
「息子が獲ってきたウニは『幸一ブランド』として小倉の市場でも、けっこういい値がつくんよ。」と嬉しそうな中村さん。島のウニは、主に北九州の市場に出荷されているそうです。幸一さんは、島で民宿「おけや」を経営していて、以前は民宿でもウニを提供していましたが、最近はウニの獲れる量が少なくなっており、提供できなくなっているそうです。
「だんだんウニが獲れんことなってきとるねぇ。蓋井島でもバフンウニとかアワビとか毎年放流しよるんやけどね。」と話す中村さんを見ながら、幸一さんも頷きました。
「でも、島には他にも美味しいものがありますよ。島で採れるヒジキは美味しくて人気がありますし、サザエご飯も喜ばれます。島ではテングサも採れるんで、ところてんもよく食べるんですけど、めんつゆで食べるんですよ。酢醤油とかじゃなくて、めんつゆ。あと、イカはフライにするんです。島ではどこの家でもイカは天ぷらじゃなくて、なぜか絶対フライなんですよね。理由はわかりませんが。」と幸一さんは笑顔で島の美味しいものをいろいろ教えてくれました。
蓋井島には、美味しい海の幸がたくさんありますが、その中でもとりわけ、ウニは濃厚な甘みを楽しむことができ、味も品質も一級品です。なかなか手に入りづらくなっていますが、もし、蓋井島のウニを食べる機会があれば、その美味しさの裏には、熟練したプロの技術があることをみなさんもぜひ、思い出してください。